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福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)1251号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億一四八一万一七四二円及びこれに対する昭和五六年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、長崎県大村市水計町八九九番二・雑種地六八六平方メートル(実測六八六・四八平方メートル。以下「本件土地」という。)を所有していた。

2  被告は、九州横断自動車道(長崎市・大分市間、総延長二三五キロメートル)の建設を計画していたが、昭和四七年六月二〇日付けをもって長崎市中里町から大村市池田二丁目までの区間について建設大臣から施工命令が発せられ、同年九月二〇日付けをもって建設大臣から工事実施計画書の認可を受け、昭和五四年一〇月一日付けをもって最終の変更認可がなされた(以下、この区間の道路建設事業を「本件事業」という。)。

3  本件事業について昭和五五年七月二二日付け建設省告示第一三三六号をもって土地収用法による事業認定の告示があり、本件土地は収用される区域に該当することとなった。

被告は、本件土地の取得につき、原告との間で交渉を行ったが、合意に至らなかった。そこで、被告は、同年一〇月二七日、長崎県収用委員会に対し、本件土地の収用及び明渡しの裁決申請を行い、同収用委員会は、昭和五六年二月六日、「〈1〉本件土地を収用する。〈2〉本件土地に対する補償金を三九五万六八七一円とする(以下、この金額を「裁決価格」という。)。〈3〉他に損失補償は行わない。〈4〉権利取得の日及び明渡しの期限は同年三月七日とする。」との裁決(以下「本件裁決」という。)をなし、その正本は同月一一日原告に送達された。

4  (本件土地に対する損失補償について)

本件裁決は、本件土地の価格を一平方メートル当たり五七〇〇円としている。

しかし、本件土地及びその周辺の土地は、雑種地ではあるが、平地であって、宅地に転用が可能であり、近傍の農地には一平方メートル当たり八〇〇〇円と評価されたものがあり、本件土地の東側に存する採石跡地が一平方メートル当たり一万五〇〇〇円で取引されているのであって、これに照らせば、本件土地の価格は一平方メートル当たり一万五〇〇〇円、総額にして一〇二九万七二〇〇円となる。

したがって、被告は、原告に対し、右金額と裁決価格との差額六三四万〇三二九円を支払う義務がある。

5  (営業上の損失に対する補償について)

原告は、本件土地及び長崎県大村市水計町八九九番一、同所八九九番三の各土地(以下「原告所有地」という。いずれも、もと本件土地とともに一筆の土地をなしていたが、本件土地の収用に際して、右三筆に分筆されたもの。)をそれぞれ所有し、また右八九九番一の土地に隣接する中島為太郎所有の同所九〇〇番二の土地(以下「原告賃借地」という。これと原告所有地を併せて、以下「周辺地」という。)を昭和四七年八月一四日から賃借し、本件土地及び周辺地を採石場(以下「採石場」という。)として岩石の採取を行っていたものであるが、本件土地の収用により、採石場は分断されることとなった。

原告は、本件土地付近を地下掘りする予定でいたが、採石場の分断により、これができなくなった。また、本件土地に高速自動車国道の陸橋が建設されることにより、発破作業も、火薬使用上の制限を受けることから、事実上実施することができなくなった。すなわち、発破による振動は大きく、本件土地周辺で発破作業を繰り返せば、陸橋の土台部分や橋脚にも振動を与え、発破による飛石が陸橋に飛ぶなど危険な状態になることが明らかであるが、発破作業を小規模なものに止どめると経費が過大となり、経営が成り立たないことになる。しかも、採石場への出入りや設備機械の使用の困難などの事情もあり、原告としては、本件土地周辺における採石場を廃業せざるをえなくなった。

そこで、被告は、原告に対し、原告が採石業の廃業により被った次のとおりの営業上の損失について、補償をすべきである。

ア (採石場利益の損失 八三五〇万円)

本件土地及び原告所有地における原石の採石可能量は一二万立方メートル、原告賃借地におけるそれは四万七〇〇〇立法メートルである。一立方メートル当たりの利益は五〇〇円であるから、原告は、総額八三五〇万円の利益を喪失した。

イ (車両・機械等の損失 一九〇一万九四一三円)

原告は、採石業廃業の結果、機械工具(現在価格一八九四万八〇八三円)、車両(現在価格一六四二万六三九八円)、配電設備(現在価格二六六万四三四五円)の機械類(総額三八〇三万八八二六円)を処分することとなるが、これによる損失額は、現在価格の二分の一が相当である。

ウ (従業員解雇に伴う損失 五九五万二〇〇〇円)

原告は、採石業の廃業に伴い、従業員一一名を解雇することとなるが、同人らを円満に退職させるためには解雇予告手当の支払のみでは困難である。少なくとも一人当たり六か月分の給与相当額を解雇手当として支給することが必要であり、その総額は五九五万二〇〇〇円となる。

6  被告が原告に対して支払うべき金額の合計は一億一四八一万一七四二円となる。

7  よって、原告は、被告に対し、土地収用法七四条一項又は八八条に基づき、一億一四八一万一七四二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年五月一三日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の事実のうち、裁決価格が本件土地を一平方メートル当たり五七〇〇円として評価した事実は認めるが、その余の主張は争う。

3  同5の事実のうち、原告が本件土地及び原告所有地を所有していたこと(本件土地と原告所有地とはもと一筆の土地であったが、本件土地の収用に際して、本件土地と原告所有地に分筆されたものであること)、原告所有地のうち八九九番一の土地に原告賃借地が隣接していること、原告が本件土地及び周辺地を採石場として採石を行っていたこと、本件土地の収用によって採石場が分断されることとなったことは認めるが、その余の事実及び主張は不知もしくは争う。

4  同6及び7の主張は争う。

三  被告の主張

1  (本件土地に対する損失補償の請求について)

土地収用法七一条は、収用する土地に対する補償金の額について、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格に権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする旨を定めているが、本件裁決価格は、これに従った相当なものである。

原告は、本件土地が宅地に転用することが可能な土地であり、裁決価格は近傍の取引例に比しても低廉に過ぎると主張するが、これを認めるに十分な証拠はない。

2  (営業上の損失に対する補償請求について)

ア 原告の営む採石業は、本来発破作業に伴う飛石・振動・水質の汚濁・騒音の発生等人の生命・身体や財産に対する重大な危険を伴う事業である。採石業を行う者は、このような危険を防止するために、安全を保持しなければならない義務を負っている。原告も、火薬使用場所に関する距離保持義務・飛石防止措置義務を負う者である。このような安全保持義務に反する方法による採石は、採石計画の認可、火薬類の消費の許可を得ることはできず、その限りにおいて制限され、もしくは不可能となる。

そして、このような危険を伴う採石業を行う者は、自己の責めに帰すべき事由によらない後発的な環境の変化(例えば、採石場の周辺が地域開発により住宅地になった場合)によってその危険が顕在化し、事業の制限・中止により損失を受けたとしても、これは警察的規制に基づく損失がたまたま顕在化したに過ぎないのであって、危険そのものが本来採石業自体に内在しているのであるから、その補償を環境の変化をもたらした者に対し請求することはできないというべきである。

この点については、道路法七〇条一項に定める、いわゆる「みぞかき補償」についての最高裁判所第二小法廷昭和五八年二月一八日判決(民集三七巻一号五九頁)が「警察法規が一定の危険物の保管場所等につき保安物件との間に一定の離隔距離を保持すべきことなどを内容とする技術上の基準を定めている場合において、道路工事の施行の結果、警察違反の状態を生じ、危険物保有者が右技術上の基準に適合するように工作物の移転等を余儀なくされ、これによって損失を被ったとしても、それは道路工事の施行によって警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至ったものにすぎず、このような損失は、道路法七〇条一項の定める補償の対象には属しないものというべきである。」と判示していることからも窺える。事業損失について規定している土地収用法七五条、九三条一項は、道路法七〇条一項とほぼ文言を同じくしていることから、同様に解釈することができ、土地収用法七四条の残地補償における事業損失についても同様である。

イ 原告は、本件土地が収用された当時、すでに事業地一帯における採石をほとんど終了し、経済的に採算の取れる採石業を継続することは困難な状態にあったものである。原告が採石業を廃業した実際の理由もここにある。

四  原告の反論(土地収用法の解釈について)

土地収用法七四条一項は、同一の土地所有地に属する一団の土地の一部を収用することによって、残地の価格が減じ、その他残地に関して損失が生ずるときは、その損失を補償しなければならない旨を規定しているが、ここにいう残地に関する損失にはいわゆる事業損失(起業損失)、すなわち事業完成後の施設の形態構造に起因する損失が含まれ、本件のような営業継続不能による損失も当然含まれるものと解される。被告は、「みぞかき補償」の例を挙げて、本件について補償は不要である旨主張するが、土地収用法九三条一項は、土地を収用し、その土地を事業の用に供することに因り、当該土地及び残地以外の土地について、みぞ・かき・さくその他の工作物の新築・改築・増築・修繕等を必要とする場合は、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならない旨定めており、このような規定の趣旨からすれば、本件のように、被告の架橋により原告の採石業ができなくなったとすれば、当然、それについての補償をなすべきであるということになる。

仮に原告の損失が同法七四条一項の損失に当たらないとしても、同法八八条にいう営業上の損失には該当すると解される。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  まず、本件における事実関係の経緯を見ておく。

一  請求原因1ないし3の各事実、同4のうち、裁決価格が本件土地を一平方メートル当たり五七〇〇円として評価した事実、同5のうち、原告が本件土地及び原告所有地を所有していたこと(本件土地と原告所有地がもと一筆の土地であったが、本件土地の収用に際して本件土地と原告所有地とに分筆されたものであること)、原告所有地のうち八九九番一の土地に原告賃借地が隣接していること、原告が本件土地及び周辺地を採石場として採石を行っていたことは、当事者間に争いがない。

二  〈証拠〉に右争いのない事実を総合すると、本件事案の経緯は、次のとおりであると認められる。

1  九州横断自動車道は、長崎市と大分市とを結ぶ総延長約二三五キロメートルの路線で、年々増大する自動車輸送に対処するため計画された国土開発幹線自動車道の一つである。このうち、本件事業に係る区間、すなわち長崎市中里町地内から大村市池田二丁目地内までの延長一七・三キロメートルの区間について、建設大臣は、昭和四七年六月二〇日付けをもって被告に対し施工命令をなし、同年九月二〇日付けをもって被告の工事実施計画書を認可した。その後、昭和四八年九月一〇日・昭和五一年一一月四日・昭和五二年八月五日及び昭和五四年一〇月一日の四回にわたって同大臣の工事実施計画書の変更認可があった。

2  原告は、昭和四六年一一月八日付けで長崎県知事から採石業者の登録を受け(登録番号・長崎県採石第五三号)、昭和四七年五月八日付けで同県知事から岩石採取計画の認可を受け、右認可の日から遡って昭和四六年一二月七日以降その所有に係る本件土地及びその周辺において安山岩の採取を開始し、以後三年ごとに採取計画の認可を受け、岩石採取を行っていた。

3  本件事業の路線予定地は、昭和四八年九月一一日に発表され、本件土地が本件事業の対象区域に含まれることが明らかになった。

そこで、被告及び被告から用地買収の委託を受けた長崎県は、本件土地の買収方について、昭和四九年一二月ころから原告と交渉を開始し、約二〇回にわたって交渉したが、原告が営業廃止の補償を要求したのに対し、被告及び長崎県がこれを不必要とする立場を取り続けたことが主な原因となって、結局合意に至らなかった。

4  本件事業は、昭和五五年七月二二日。建設省告示第一三三六号をもって土地収用法による事業認定の告示があった。被告は、同年一〇月二七日付けで、長崎県収用委員会に対し、本件土地につき収用裁決の申請と明渡裁決の申立てをした。

同収用委員会は、原被告双方に対し聴問の機会を与えたうえ、昭和五六年二月六日付けで本件裁決をした。

5  本件裁決の主文の要旨は、「〈1〉本件土地に対する損失の補償は三九五万六八七一円とする(裁決価格)。〈2〉右以外の損失の補償は行わない。〈3〉権利取得及び明渡しの期限はいずれも昭和五六年三月七日とする。」というものであった。

6  本件土地の収用は、もと原告所有の一筆の土地(大村市武部郷字水計八九九番・山林二一一五平方メートル)を本件土地と原告所有地とに分断する形でなされた。その状況は、別紙図面のとおりである。もっとも、本件土地は、小高い山に挟まれた盆地状の土地に存している。高速自動車国道が本件土地上に橋を架ける形で建設されているが、直接地上に建設されたのは橋脚だけであるため、橋脚の間を通って行き来することは容易である。

7  原告は、本件裁決を不服として、昭和五六年五月七日、本訴を提起した。

第二  そこで、本件土地に対する補償請求について検討する。

一  本件裁決が本件土地の価格を一平方メートル当たり五七〇〇円と評価したことは、当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、右価格は、事業認定告示の日である昭和五五年七月二二日時点の価格であり、本件裁決は、これに土地収用法七一条所定の修正を加えたうえ、本件土地に対する補償金の額を三九五万六八七一円(裁決価格)としたものであることが認められる。

二  〈証拠〉によれば、被告は、本件土地収用の裁決申請をするに当たって、二名の不動産鑑定士(荒木豊・滝口良爾)に、事業認定告示の日における本件土地の価格を鑑定(以下「本件二鑑定」という。)させ、その結果得られた一平方メートル当たり五六〇〇円・五九〇〇円との本件二鑑定の鑑定価格の間の価格を採用して、本件土地の補償金の見積額を一平方メートル当たり五七〇〇円と算定した。長崎県収用委員会は、この見積価格を妥当なものと認め、そのまま採用して、裁決価格を算定し、決定したものであることが認められる。したがって、裁決価格が相当なものであるかどうかは、本件二鑑定が相当であるか否かにかかってくることになる。

三  〈証拠〉によれば、本件二鑑定は、いずれも、まず一般的な地域要因を考察したうえで、取引事例法・収益還元法・基準地の標準価格による比準等の方法によって数通りの価格を算定し、これらを総合して鑑定価格を算定したものであり、その手法には特に不当な点はなく、いずれも相当なものであることが認められる。

〈証拠〉によれば、本件土地付近の農地で一平方メートル当たり八〇〇〇円で取引された事例があること、同じく本件土地付近の宅地で一坪当たり七万五〇〇〇円から八万円で売りに出された土地のあったこと、原告が本件土地付近に所有していた別の土地を株式会社岳野工務店に一平方メートル当たり二万円で売ったこと、また、同工務店が原告から本件土地付近の採石場跡地を一平方メートル当たり一万五〇〇〇円で買おうとしたこともあったことが認められるが、同時に、右各証拠によれば、各取引事例は本件土地よりも条件のよい土地についてのものであることが窺われ、各取引事例の時期も明らかでないから、右各事例を直ちに本件土地価格を算定するにつき参酌すべきものでないと考えられる。

四  また、原告は、本件土地が宅地に転用可能な土地であり、評価額がより高くなると主張するが、〈証拠〉によれば、本件二鑑定は、いずれも本件土地を宅地見込地と見、転換後・造成後の更地を想定し、その価格から通常の造成費相当額等を控除し、その額を熟成度に応じて修正して評価額を求めたものであることが認められるから、右主張は当を得ない。

五  以上のとおりであって、本件二鑑定は相当なものと認められ、したがって裁決価格もまた相当なものと認められるから、原告の請求中裁決価格を超えて本件土地に対する補償金の支払を求める部分は理由がない。

第三  次に、営業上の損失に対する補償請求について検討する。

一  (本件土地における採石業の廃業に対する補償請求について)

原告は、本件土地の収用により、本件土地において採石業を行うことができなくなったものである。

しかし、〈証拠〉によれば、本件土地は、南北両背後の小高い山に挟まれる間の狭い土地に存し、北は垂直に切り立った採石取崩し後の崖で第三者所有の隣地に接し、南は内田川に接しているなど形状が劣っているばかりか、既に採石の終った跡地であって、採石場としての稼働収益力は皆無に近いものであることが認められる。したがって、将来本件土地において採石業が行われるであろうという可能性はないと考えられるから、本件土地における採石業の利益補償を行う必要はないといわなければならない。

二  (周辺地における営業上の損失に対する補償請求について)

1  (原告の主張する損失の内容について)

原告が周辺地における営業上の損失に対する補償として主張するところの要旨は、本件土地収用により、原告の採石場への出入りや設備機械の使用が困難となり、さらに本件土地に高速自動車国道が建設されることにより、周辺地における発破作業(火薬の使用)が制限され、もし火薬を使用するならば、その場合、被害が高速自動車国道に及ばないような方策を講ずる必要があり、そのための経費が増す結果、採算が取れなくなるので、結果として、原告は周辺地における採石業を廃業しなければならないこととなるので、被告は、原告に対し、周辺地における採石により得られたであろう利益を補償すべきであるというにある。

2  そこで、原告の主張する損失の存否・内容について検討する。まず、原告は、本件土地の収用により、原告の採石場への出入りや設備機械の使用が困難になったと主張する。

本件土地が収用され、原告の所有地が分筆された結果、原告の採石場が本件土地とこれを挟む形で原告所有地とに分断されたことは、前示のとおりであるが、原告の採石場への出入りや設備機械の使用が困難になったとの主張に沿う証拠はない。かえって、前記認定のとおり、本件土地は台地に挟まれた盆地状の土地であり、本件土地については高速自動車国道が橋を架ける形で建設され、直接地上に建設されたのは橋脚だけであって、その間を通っての原告所有地への通行はきわめて容易であり、〈証拠〉によれば、被告も原告が採石場への出入りのため本件土地を通行することを容認していることが認められるので、本件土地の収用により採石場への出入りや機械の使用等が困難になったとの事実はおよそ認めがたい。

3  次に、原告は、本件土地に高速自動車国道が建設されることにより、周辺地における発破作業(火薬の使用)が制限され、もし火薬を使用するならば、その場合被害が高速自動車国道に及ばないような方策を講ずる必要があり、そのための経費が増す結果、採算が取れなくなるので、結果として、原告は周辺地における採石業を廃業しなければならないこととなる旨主張する。これは、要するに、高速自動車国道建設により、まず周囲への被害を防止するための経費支出が必要になるという損失が発生し、次いで経費増加のもたらす経営困難により二次的に採石業の廃業という損失が生じるというものと解される。これらの損失のうち、まず、経費の増加という損失(以下、「経費増加の損失」というときは、この損失を指すこととする。)の内容について検討を進める。

そもそも土地収用法上補償の対象となるべき損失(本件事案に即し、同法第六章第二節に規定するものを除き、また土地の使用に因る損失・関係人の受ける損失は検討の対象外とする。)、すなわち同法六八条の「土地の収用に因って土地所有者が受ける損失」といえるためには、収用損失(収用裁決の直接の法律上の効果により被収用者が被る損失、つまり事業の種類、工事完成後における施設の形態構造を捨象し、もっぱら裁決の法的効果として土地を収用されたことによって生じる損失)に当たるか、少なくとも事業損失(起業損失。事業の施行予定、工事の施工過程または工事完成後における施設の形態構造・供用に起因して被収用者または周辺住民が被る損失)に該当するものでなければならない。

経費増加の損失は、本件裁決の直接の効果、つまり本件土地の所有権を失いこれを使用することができなくなったことから直接生じたものではなく、本件土地に高速自動車国道が建設されることによって初めて問題化するものであるから、収用損失に該当しないことは明らかである。

また、経費増加の損失は、事業損失にも該当しないと解される。すなわち、原告が火薬を使用することができなくなるという事態は、高速自動車国道という施設の形態構造・供用によって生じるものではないからである。このことは、例えば、本件土地に建設されるのが高速自動車国道でなく住宅その他の建築物であっても同様に生じるものであり、端的な場合として、本件土地に人が常住することによっても生じるものであることを考えれば明らかなことである。

採石法は、三三条、四三条三号において、採石業者が採取計画につき都道府県知事の認可を受けないで岩石採取を行うことを罰則をもって禁じたうえ、三三条の四以下において、都道府県知事は、岩石採取が他人に危害を及ぼし、公共の用に供する施設を損傷するなど公共の福祉に反する場合には認可をしてはならず、また認可後もそのような公共の福祉に反する事情が認められるときには採取計画の変更を命じ、もしくは認可を取り消すことができる旨を定めている。さらに、同法三三条の二第四号は、採取計画には岩石の採取に伴う災害の防止のための方法及び施設に関する事項を定めなければならないことを規定し、同法三三条の三第二項、同法施行規則八条の一五第二項六号は、採取計画認可申請書には岩石採取場を管理する業務管理者が認可採取計画に従って災害の防止が行われるよう監督するための計画を記載した書面を添付するよう義務づけている。また、火薬類取締法二五条、五九条五号は、都道府県知事の許可なくして火薬類を爆発・燃焼させることを罰則をもって禁じたうえ、公共の安全の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めるときには許可を取り消しうる旨を定めており、さらに同法施行規則五三条五号は、火薬類の発破を行う場合に、飛散物により人畜・建物等に損傷が及ぶおそれのあるときは、損傷を防ぎうる防護措置を講ずべきことを定めている。右の諸規定から窺われるとおり、発破(火薬の使用)または火薬を使用しての採石行為は、それ自体危険を内包するものであり、火薬を使用する者もしくは火薬を使用して採石を行う者においてこの危険を防止すべき義務を負い、そのための経費を負担すべきものである。したがって、本件について見ると、原告の採石場付近に高速自動車国道が建設され、これに損傷を与えるおそれがあるため、発破を行うことができず、もしくは発破を行うにつき防護措置を講ずるための経費がかさみ採算が取れなくなる結果として、採石業を行うことができなくなったとしても、それは、発破(火薬の使用)または火薬を使用しての採石事業に本来的に内在している制約がたまたま高速自動車国道建設を契機に顕在化したものであるに過ぎず、このような損失は、本来、原告において負担すべきものである。言い換えれば、原告がこれまで本件土地周辺において採石業を行い、利益を上げることができていたとすれば、それは、周辺に建築物等がなく、発破に伴う振動・飛散物等による外部不経済がたまたま顕在化しなかったため、これらについて経費を支出せずに済んでいたからであるに過ぎない。

そして、右の結論は、高速自動車国道が建設されたのがもと原告の所有地であって収用により被告の所有に帰したところの本件土地であっても、何ら変わるところはない。すなわち、およそ原告の採石場付近の第三者所有地に新たに建物等が築造されるならば、原告にはやはり火薬使用による災害の防止措置を講ずる義務が生じ、しかも、この場合、原告としてはその建物等の所有者に対し災害防止措置を講ずるために要した費用の補償を請求しえないことはいうまでもない。してみれば、収用に係る土地に高速自動車国道が建造された場合に限って補償を請求しうると解すべき理由はない。

したがって、経費増加の損失は、原告の火薬を使用しての採石行為に内在していた営業上の制約が顕在化したために生じたものであって、本件土地の収用によって生じた起業損失には当たらないから、土地収用法により補償をすべき損失に該当しないというべきである。

三  以上のとおりであるから、原告の被告に対する営業上の損失についての補償請求もまた理由がない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、すべて理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田郁郎 裁判官 大島隆明 裁判官 岡田 健)

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